不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」

田舎図鑑

生まれ育ったまちの思い出を残したい

忘れたくない景色、伝えたい記憶。

ここに残すことで、また誰かがこのまちに興味を持ってくれるかもしれない。

そんな思いをあなたに届けたい。

信州梓川
長野県松本市
6,645
7
上京して20年弱が経ち、母も認知症となって施設に入り、誰も住まなくなった長野県の実家。一時は手放そうと考えていましたが、3歳と1歳の息子に自然豊かな地で遊ばせたいという思いから、もうしばらく別荘として利用することにしました。 かつてここに住んでいた頃は何にも無くてつまらない場所だと思っていましたが、美しい自然や新鮮な野菜や果物、温泉など、たくさんの観光地もあり、今では時々帰りたくなる、第二の拠点となりました。私の住む梓川周辺は「信州」の名をブランドとして、信州そばや信州サーモン、わさびや林檎などが有名です。桃とネクタリンの自然交配によって生まれた「ワッサー」や、隣町「波田町」の「下原(しもっぱら)すいか」も美味しく、シーズン時はこいつを目当てに帰ることもあります。 写真にある「国営アルプスあづみの公園」は、近所の堀金にあるとても大きな公園で、このような子供と過ごしやすい場所が多くあるのも、子育て世帯には嬉しい場所だったんだなと、家庭を持つことで気付かされました。 昔は何にも無かった実家の周辺も、今は新築の家が随分と増えました。土地が安いことから、移住してくる人も多いようです。
向ケ丘遊園
神奈川県川崎市多摩区
5,379
6
神奈川県川崎市多摩区の多摩川付近の向ヶ丘遊園で子育てをしました。新宿から電車で約20分。向ヶ丘遊園駅は小田急線始発駅で、高原風の屋根がとてもかわいい駅舎です。都会から近いにも関わらず、多摩丘陵の一角である生田緑地には蛍やタヌキが生息しています。升形山は横穴式の古墳があり、山へ登る階段は今年新しく更新されました。 地元の東生田小学校は集団登校があり、子供たちの縦の繋がりができて、上の子が下の子をお世話します。学校が終わると、山で遊んで昆虫採集をしたり、秘密基地を作ったり。日曜日には升形山の山頂でアスレチック遊技で遊び、展望台からは横浜のベイブリッジや新宿のビル群を眺めました。そのあとは生田緑地内のプラネタリウムに行き星空を見ながらお昼寝したり、岡本太郎美術館で「芸術は爆発だ」のパワーに触れたりできます。田舎暮らしに憧れる人や、古民家などの建物を見るのが好きな人にはたまらない、古民家の集落、日本民家園があり、移築された白川郷もあります。白川郷に移住はできないけれど、まるで田舎に移住した気分が味わえます。国指定重要文化財7件、国指定重要有形民俗文化財1件、県指定重要文化財10件、市指定重要歴史記念物7件の計25件の建造物が移築・展示されています。園内には、東日本の代表的な民家をはじめ、水車小屋・船頭小屋・高倉・歌舞伎舞台などの建物の他、遠路には、道祖神・庚申塔・馬頭観音・道標などの石造物、民家内には農具・機織り・藁細工・竹細工などの生活用具類を展示していたり、民家や民具に関する講座や企画展示、民俗芸能公演、お茶会など、年間を通じてさまざまなイベントが行われています。イベントでは子供たちと古民家大工入門に行き、砂壁を塗る体験もしました。着物で行くと入園料が無料の日があります。 さらに生田緑地にはバラ園があり、春と秋はたくさんの人が訪れます。バラを愛でながらの野外コンサートが開催されています。向ヶ丘遊園をお散歩すると、町のあちこちにドラえもん、パーマン、オバQ等のキャラクターの小さな銅像を見つけることができます。「藤子・F・不二雄」のミュージアムがあるからです。走っているバスのラッピングもドラえもんのキャラクターが描かれています。ミュージアムへは五ヶ村堀緑地という水路の横の遊歩道を歩きます。ミュージアムに着くまでに、いくつのキャラクターを発見できるかワクワクできます。 私は生田緑地で遊び、育ちました。同じように子供も山の自然の中でのびのび遊んで育ちました。そして現在は。孫も一緒に親子3代で休日を楽しむ場所となりました。駅前の再開発でタワーマンションを建設中です。新しいスーパーマーケットもオープンしました。東京ドーム3.5個分の向ヶ丘遊園地の跡地にはこれから天然温泉施設とグランピング、ショッピングモールができます。家族連れでぜひ遊びにきてください。
みちのく福島
福島県福島市
2,498
1
とにかく人が良いです。おっとりした性格、人に優しい人が多く、地元の人に触れ合うと心がなごみます。近年餃子の店が増え、密かに餃子の街になろうとしているようです。都市としては、県庁所在地の割に発展しておらず、市政が下手。人口がなかなか増えないです。3.11の影響も当初はあったものの、今は特に影響が無くなり、地元の人は普通に暮らしています。良くも悪くも、昔からあまり変わらない街。山に囲まれた盆地で、北国なのに夏は暑い。冬の積雪はあまり積もらないものの、寒さは厳しいです。建物としての風景は新しくなりつつも、それに伴う街の賑わいは穏やかなまま。現在、福島駅西口、東口共に駅前の再開発が始まっていて、これが起爆剤になって活性化して欲しいところです。東北唯一の競馬場となる福島競馬場があり、飯坂温泉、土湯温泉、高湯温泉、福島市中心部から車で30分以内で行ける個性豊かな温泉が3つもあります。
甲州鰍沢
山梨県富士川町
4,700
4
青く広い空、櫛形山や南アルプスから流れ込んでくる澄み切った空気、そして甘くてごくごく飲める湧き水や井戸水、私はこのような自然豊かな富士川町(旧鰍沢町)でのびのびと育ちました。幼少期は近所の子たちと日が暮れるまで走り回り、本当によく遊びました。家の近くには今でも同級生のお友達の田んぼがあり、湧き水がこんこんと湧き出ています。当時はお腹がすいたら桑の実を採っては湧き水で洗い、お友達と楽しく食べたものでした。梅雨の季節には、ホタルが舞いました。夜空を見上げながら母と手を繋いでお散歩し、流れ星に願いを込めた日のことは今でも鮮明に私の心に刻まれています。富士川町(旧鰍沢町)は歴史的にも軌跡を辿れる、情緒のある町です。江戸時代、静岡県まで流れる富士川を中心に、富士川舟運という舟によってとても栄えた要所でした。車社会となってからは、だんだんと町の賑わいも少なくなってしまいましたが、今でも要所の名残りから、役所関係はかつての船着き場の地域に集約されています。 そんな町の中で一番盛り上がる季節は、春です。桜百選に選ばれている「大法師公園」の桜祭りには、毎年観光バスが列をなします。子供の頃、親戚と行った夜桜の花見の時、私の持っているコップの中に桜の花びらがひらりと舞い落ちました。幼いながらもとっても嬉しくて、花見の季節になると今でも必ずその光景を思い出し、懐かしさを感じます。 あれから何十年という時が経ち、合併から町の様子もだいぶ変わりました。道の駅「富士川」は、帰省時に必ず立ち寄る場所の一つとなっています。毎年隣町で開催される神明の花火大会は県下一大きい花火大会なのですが、富士川町内や道の駅も大変活気づきます。道の駅の芝生広場に寝そべりながら、夜空に打ち上がる大輪の花を夜風を感じながら眺める時間は、ここでしか味わえない最高に贅沢なひとときです。 最近では、テレビやネットニュースなどで町への移住者の話題も目にします。私も人生の折り返し地点です。あ~、また早くおいしい空気と水が飲みたいです。青く広い空を見上げ、夜には窓から月を眺めながら眠りにつきたいです。何か少しでも恩返しができればと、色々と思ったり考えたりする日々はこれからも続いていきます。
京丹後
京都府京丹後市
5,719
3
京都府北部地方に位置する京丹後市、みなさんがイメージする京都とは全く違う世界が広がっています。山々や海の大自然に囲まれ、冬の寒さは厳しく、降雪量の多い年は1.5mほど積もります。私が小さい頃は、家の前でよくかまくらを作って遊んでいました。天の橋立、伊根の舟屋地点から丹後半島をぐるりと一周ドライブすると、総距離100kmほど、くねくねと曲がりくねった細い断崖絶壁の道路から眺める袖志の棚田や、海の絶景三昧で、まるで日本のアマルフィー海岸とも呼ばれているそうです。夏には京阪神からたくさんの海レジャー客が訪れます。冬は、間人(タイザ)ガニを求めて、観光客が海沿いの旅館に押し寄せます。間人ガニ以外も海の幸は豊富で、雌のこっぺガニ、白イカ、夏牡蠣、トリガイ、伊根マグロ等、四季を問わず海のご馳走に溢れています。 趣味でサーフィン、魚釣り、盆栽、メダカのお世話、畑仕事に明け暮れる日々です。田舎暮らしは、スマホを見る時間がないほど大忙しです。太陽が昇り、夕日が沈む海を眺めたり、土いじりをしているその瞬間が楽しくて、人は大自然の恩恵を受け生きているんだな~、と実感させられます。 京丹後は1300年前の奈良時代から織物業が盛んでした。丹後ちりめん、西陣織、町を歩くと、あちこちの家から機織り機の音が聴こえてきます。今は後継者不足でどんどん減ってきているようです。風物詩は、昔から続く各町村の秋祭りです。赤ちゃんから大人まで参加型の、お囃子、神楽、神輿、三番叟、太刀振りの伝統を受け継ぎながら楽しみな行事となっています。 京都市内まで車で3時間半ほど要していましたが、近年、京都縦貫道が開通したことにより1時間半ほどで往来可能でとても便利になりました。今後は、観光、海や山のレジャーなどが楽しめる町となり、子供たちが元気いっぱい自然を体感できる地域になれば良いな、と密かに願っています。もうすぐ50歳ですが、ど田舎の京丹後で生まれたことを、今では誇りに思っています。
山梨市
山梨県山梨市
2,222
0
甲府盆地は、言うまでもなくぶどう、ももなどの果樹栽培が有名で、行ってみると至る所が果樹畑となっています。通常、田舎といえば田んぼの風景を思い出しますが、ここはそれとはまったく違った風景です。そして、背後には北も南も、山々がそびえ立っていて、それらにいつも見守られているような安心感があります。山梨市にある空き家の持ち主に会いに行く機会があり、訪ねてみると、立派な家というほどではなかったものの、こじんまりときれいにしてあり、特に目を見張ったのが、クラシックのレコード収集と大きなスピーカーを備えたオーディオセットでした。窓の向こうには果樹園が広がり、ここでブラームスでも大音量で聴いてみたいと思いました。地元の人がよく行くようなお店でお昼を食べると、この土地の大地の恵みを感じます。県名を冠した市であるが、県庁所在地でなく、人口もかなり減って3万人くらいの小さな町です。それでも豊かさを感じます。東武鉄道を興して「鉄道王」と呼ばれた根津嘉一郎の出身地で、市内に根津記念館という旧家と美しい庭園が残されていて、かつては甲州財閥と呼ばれ、明治から大正にかけて中央財界に大きな影響力を与えたものです。その過去を思うと、今のひっそりとしたこの地域のようすが拍子抜けのように思えます。すり鉢のような形をした地形であるため、少し斜面を上ると、どこからでも盆地全体の夜景を眺めることもできます。そこから生まれる一体感も、この土地の心地よさになっていると思います。
FAQ
よくある
ご質問