不動産を直接売り買いする人たちの掲示板「家いちば」

田舎図鑑

糸島
福岡県糸島市
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福岡県福岡市から西へ30kmのところに位置する、福岡県糸島市。この糸島市に7年の間暮らしていました。 都会に近いといっても、首都圏とは違い、今でも季節の風習が残っていたります。初盆にはご先祖さまを送るための盆踊りが、地域の人たちの横笛の調べに乗って、しっとりと踊られていました。まるで日本映画のワンシーンのような風景を体験して、盆踊りというのはこういうことなのだと改めて知らされました。そんな昔の風習がいまだに色濃く残っていたりする反面、近年は観光で訪れる人も多く、特に日本で一番大きい直売所であろう、JAの経営している伊都菜彩はいつも賑わっています。福岡のうどんはやわらかいうどんで、福岡に暮らしてみるまで、うどんはどちらかというと好きではなかったのですが(そば派ででした)、福岡で食べるようになってハマりました。伊都菜彩にもうどんが食べられる食堂があり、ここのうどんも手軽な値段で美味しくて大好きです。あとは福岡以外ではあまり食べられていないであろう、鯖を生の刺身で食べる、ごまサバ。新鮮な鯖にごまだれをかけてあるものが、たいていどこの居酒屋にもメニューにあったりします。そして冬は牡蠣小屋です。糸島のいくつかの漁港に牡蠣小屋があり、糸島で養殖されている牡蠣を網焼きで食べることができます。魚介だけでなく、肉も野菜も米もお花も、地元産で賄えるほど、農業の盛んな豊かな地域です。 なんだか食べ物の話ばかりになってしまいましたが、綺麗な海や山もあり、本当にいいとろだらけの大好きなところです。
猪苗代
福島県猪苗代町
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猪苗代湖と言えば、野口英世の生誕地として有名で、昔、家族旅行でも来たことあるが、その程度で、しかし今回は、親しい友人の思い出の宿が閉店になってしまうということで、名残惜しく滞在しました。宿は、大学生の頃のサークルの夏合宿を思い出させるようなアットホームな雰囲気で、朝夕の女将の手料理に格別の温もりを感じました。また来たいのにもう来れない。 そんな思い出を後に、裏磐梯の湖の周りをドライブして、紅葉と温泉を楽しみました。ついでにカフェと塩ラーメンも堪能しました。一体は磐梯朝日国立公園で、自然も見事ですが、おしゃれなカフェや瀟洒な別荘が点在するエリアで、軽井沢周辺と自然景観は近いのですが、街並みとしてはとても落ち着いていて、僕は好きです。 しかし、真冬は寒そうですね。
京丹後
京都府京丹後市
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京都府北部地方に位置する京丹後市、みなさんがイメージする京都とは全く違う世界が広がっています。山々や海の大自然に囲まれ、冬の寒さは厳しく、降雪量の多い年は1.5mほど積もります。私が小さい頃は、家の前でよくかまくらを作って遊んでいました。天の橋立、伊根の舟屋地点から丹後半島をぐるりと一周ドライブすると、総距離100kmほど、くねくねと曲がりくねった細い断崖絶壁の道路から眺める袖志の棚田や、海の絶景三昧で、まるで日本のアマルフィー海岸とも呼ばれているそうです。夏には京阪神からたくさんの海レジャー客が訪れます。冬は、間人(タイザ)ガニを求めて、観光客が海沿いの旅館に押し寄せます。間人ガニ以外も海の幸は豊富で、雌のこっぺガニ、白イカ、夏牡蠣、トリガイ、伊根マグロ等、四季を問わず海のご馳走に溢れています。 趣味でサーフィン、魚釣り、盆栽、メダカのお世話、畑仕事に明け暮れる日々です。田舎暮らしは、スマホを見る時間がないほど大忙しです。太陽が昇り、夕日が沈む海を眺めたり、土いじりをしているその瞬間が楽しくて、人は大自然の恩恵を受け生きているんだな~、と実感させられます。 京丹後は1300年前の奈良時代から織物業が盛んでした。丹後ちりめん、西陣織、町を歩くと、あちこちの家から機織り機の音が聴こえてきます。今は後継者不足でどんどん減ってきているようです。風物詩は、昔から続く各町村の秋祭りです。赤ちゃんから大人まで参加型の、お囃子、神楽、神輿、三番叟、太刀振りの伝統を受け継ぎながら楽しみな行事となっています。 京都市内まで車で3時間半ほど要していましたが、近年、京都縦貫道が開通したことにより1時間半ほどで往来可能でとても便利になりました。今後は、観光、海や山のレジャーなどが楽しめる町となり、子供たちが元気いっぱい自然を体感できる地域になれば良いな、と密かに願っています。もうすぐ50歳ですが、ど田舎の京丹後で生まれたことを、今では誇りに思っています。
水郷柳川
福岡県柳川市
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僕が高校まで生まれ育った町です。実家の目の前にもお堀があって、小さい頃からよく水遊びをしてました。川下りが観光で有名ですが、高校でブラスバンドをやってた頃、白秋祭(柳川は詩人、北原白秋の故郷です)でどんこ船に乗って管楽器を演奏したのもいい思い出です。有明海が独特で、干潮時には、水平線まで潮が引いて、一面に干潟の泥が広がる光景は圧巻です。ムツゴロウなど、珍しい生き物もたくさんいます。海苔の養殖も盛んで、家庭の食卓にも海苔が豊富に並びます。本場の海苔は、普段みなさんが食べる「味付け海苔」とは全然風味が違います。食べる直前に少し火であぶって食べます。 うなぎのせいろ蒸しも有名です。全国でほぼここでしか食べられない料理です。うなぎ屋さんは市内にたくさんあります。若松屋、本吉屋あたりが老舗です。うなぎそのものはよそで獲れたものですが、その調理方法に伝統が隠されています。重箱の中のごはんにはたれで味付けされていて、うなぎの上には錦糸卵が載っているのが定番です。どちらも甘めの味付けです。近年はうなぎの値段が高騰してしまいましたが、昔はもっと安く、お昼に気軽に食べる感じでした。
石巻
宮城県石巻市
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石巻に懐かしい思い出があります。妻と知り合って最初の旅行で、年越しドライブに松島方面を目指し、当時、アメ車のオフロード車に乗っていたものだから、好きこのんでひと気のない林道に入り込み、しかし日本の林道に米国製は不向きであったようで、あえなく路肩で車輪が空回りしスタック。まだ携帯電話が普及する前の時代、救援を呼ぶ手段もなく、そのうち雪が降り出し、いそいで麓まで歩いて下り、見知らぬ民家の戸を叩き、図々しく電話を借りることができました。その時の家主のあばあちゃんが温かいストーブとお茶でもてなしてくれたことが忘れられないです。JAFが来るのは明日となり、雪がやまなければ最悪は春まで待つことになるかもしれないということで、意気消沈して、仕方なく街に出てひと晩過ごすことにしました。その街がたまたま石巻だったのです。旅の予定になかった出来事で、鄙びた旅館にやっとのこと空いている部屋を見つけ、散々な思いで、しょうがないから飲み歩こうと夜の石巻の街を妻と半ばやけくそに練り歩きましたが、それがどうしようもなく笑えてしまい、この人となら苦楽を共にできそうだと感じました。結婚を決意した瞬間でした。あれから30年ほどが経ち、その間に大震災などもあり、久しぶりに訪れてみると記憶にある当時の街並みとだいぶ変わってしまったようで、しかし、羽黒山に上る階段に当時の名残りを見ました。津波被害が著しかった海沿いの一帯は、街が完全に消え去り、現在は公園としてはかなくも美しく整備されていることに心を打ちました。石巻に出会えて、ほんとうによかったと思います。
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