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家いちば見聞録

奇跡のように美しい岩と渓流の景勝地と共に生きた“利根村”の今と昔【沼田前編】

群馬県沼田市利根町|有名な観光地「吹割の滝」の影で静かに佇む村の姿 今年の夏はあまり暑くなかった。雨の日も多かった。それに度々、集中豪雨が発生して、浸水被害のニュースが絶えない。土砂崩れも起きる。市町村で作成する「土砂災害区域マップ」を見てみると、イエローゾーン、レッドゾーンと呼ばれるエリアは地図で色塗りされている。あちらこちらに警戒区域があることに気づく。山は崩れるもの、と考えた方がいいかもしれない。そもそも、いま私たちが見ている山の姿は、雨や河川の流れによって長い年月をかけて削られ、形づくられてきたものだ。それが何万年、何百万年という気が遠くなるような年月をかけてのことである。我々人間が生きているせいぜい100年にも満たない期間の中でも、わずかずつでも土砂が流れることによって地形が変化する。いや、変化しないわけにはいかない。それが、地球の歴史、自然現象の必然である。 関東平野を作った利根川水系の上流を目指す 東京を含む広大な関東平野を作ったのも川だ。その筆頭格は、やはり日本一を誇る利根川だ。利根川については、これまでも見聞録で幾度か触れてきた。この利根川が運んできた大量の土砂はどこからやってきたのだろうか。利根川水系の上流、「吹割の滝」に行ってみた。 吹割の滝。名前は聞いたことがあったが、まだ行ったことがなかった。もう滝は十分に見てきたという思いがあった。富士の白糸の滝、日光の華厳の滝、茨城の袋田の滝も見たことがある。だから、吹割の滝についても、たぶんこんなものだろう、というイメージがあった。しかし、実際に行ってみると、想像以上のスケールだった。 想像を超えた「吹割の滝」の圧倒感 まず、たいそうな人混みだった。週末とはいえ、午前中の早めの時間に行ったのだが、数ある駐車場が満車になりかけていた。そんなに滝を見にやってくる人がいるものかと思った。「遊歩道入口」と書かれた看板のほうにぞろぞろ歩いて行く人の流れについていった。川のほうに下りて行くと、すでにたくさんの人がいた。滝と言えば、高いところから水が落ちてくるものだとばかり思っていた。この滝は、違った。大量の水が、巨大な岩の裂け目に吸い込まれるように流れ込んでいく。落水によって激しく水しぶきを上げるような滝ではない。その流れは、むしろ滑らかでさえある。そのせいか、流れを作っている巨大な岩がまん丸いのだ。これだけ丸くなるまでに、いったいどれだけの年月がかかったのだろうか。それが幾重にも重なって並んでいるものだから、独特の景観を生み出している。 遊歩道を少し上流に向かって歩くと、川幅が広くなり、視界が開ける。遠くの方から歩道を歩いてくる人々の流れが一望できた。背後には垂直に切り立つ絶壁と山肌があり、その対岸に向けて吊り橋がかかっていた。写真を撮りたくなるような絵になる景色がいくらでもある。人気の理由がよく分かった。 よく整備された吹割渓谷遊歩道とハイキングコース 特にこの遊歩道がよくできていると思った。水辺との距離がとても近い。手すりもないから、ちょっと怖いくらだ。遊歩道が作られたのは、35年ほど前という。今の安全基準や自然保護の観点だったら、こんな遊歩道を作るのは難しいだろう。しかし、この遊歩道がなかった頃は、いったいどうやって滝を見ていたのか。これだけ岩場の近くまで人が入れば、転落事故もあったのではないか。しかし、危険だからといって立ち入り禁止にしてしまえば、せっかくの景勝地を間近で見ることができなくなる。当時、この場所を管理していたのは、沼田市に合併される前の「旧利根村」だった。村としても、相当な決断をしてこの遊歩道を整備したのではないだろうか。 山側はハイキングコースのようになっていた。観瀑台が何ヶ所かあったが、木々が生い茂っていたため眼下の水面はほとんど見えなかった。けれども、この川が長年削ってきた崖がいかに深いものだったかを知るには十分だった。途中には、俳句などが彫られた石碑がずらりと並ぶ「詩のこみち」もある。歌人の若山牧水も、100年ほど前に吹割の滝を訪れている。松尾芭蕉の句碑も近くにある。自然景観の美しさだけではない。景勝地としての長い歴史がある。 駐車場が近くて便利ではあるが コースから出ると、すぐに元の駐車場だ。滝と駐車場が近くて便利ではある。しかし、このまま帰ってしまうには惜しいと思った。土産物屋がいくつかあったが、あまり興味をそそる感じではなかった。ふと脇道に入ってみると、別の遊歩道もあるようだったので、そちらに向かった。 河岸段丘を下りたところの集落と田園風景 長い坂道を下った。駐車場があったところが、水面よりもかなり高い場所だったことが分かる。河岸段丘らしい地形だ。下りたところには、民家が並んでいて、中学校の校舎と校庭が見えた。立派な中学校だ。山奥にある自然の中の観光地に来たつもりだったから、この生活感のある光景が不思議に思った。中学校の隣には、これまた立派な剣道場もあった。 この付近は、吹割の滝を流れる片品川の少し下流、そこに支流の栗原川が合流するポイントだ。少し平地も広がっていて、のどかな田園風景だ。片品川も、吹割の滝とは対照的に穏やかな流れだ。川沿いに整備された遊歩道をのんびり歩く。観光客は誰もいない。川幅は広く、水量の豊富さを実感する。海から何十キロも離れた支流で、なおかつこの段階からこれだけの水量なのだから、利根川が大きいわけだ。 閉鎖されたばかりの公共施設 よく見ると、川沿いに巨大な施設があった。ひと気はない。ガラス張りの建物の内部には、プールがあった。スライダーのようなものも見えた。まだきれいな状態で、廃墟とまではいかない。しかし、正面玄関側に回ると、すでに雑草が生い茂っていた。調べると、2021年に閉館となった利根温水プールだった。バブル経済の余韻の残る1994年に、当時の利根村が村営施設として完成させた。かつては夏休み期間を中心に、地域の子どもたちや家族連れ、周辺の温泉客などで大いに賑わっていたようだが、その光景が想像できないほど、現在はひっそりとしている。隣には、吹割温泉センター「龍宮の湯」の看板とその建物があり、同じように閉館した後、そのままになっている様子だった。 先ほど見た利根中学校も、実は沼田市によって統廃合の計画がすでに決まっていて、統合後は別の中学校の校舎を使う予定であることを後で知った。プールについては、解体、更地化する予定だという。なお、プールの隣には沼田市利根調理場(旧利根村学校給食センター)の建物もあるが、これもほぼ同時期に閉鎖されていて、同じく解体予定だ。沼田市は着々と仕事をしている。このまま放置されて廃墟化してしまうよりも、解体する予算があるうちにきれいにしておくべきだろう。人口が減ってニーズがなくなったものは仕方がない。それに、大きすぎる建物は、リノベーションして利活用するにも、採算が合わないことが多い。ここから得られる教訓があるとすれば、将来にわたって身の丈に合わなくなるかもしれない「ハコモノ」は、これ以上作らないことだろう。 旧利根村の中心街の懐かしい風景 坂の上に戻ると、かつては村の中心街だったような通りに出た。酒屋、電気屋、化粧品、衣料品、自転車屋などお馴染みの看板建築が並ぶが、どれも塗装の色が褪せたまま、時代が止まったままかのような光景だ。レトロといえば、そうだが、特に狙ってそうなっている風でもない。なにか、時代が変わったことを信じたくない、このままでいたい――そんな意志すら、街並みから感じてしまうほどだった。ただ、こういう光景は珍しくはない。それでも、食堂や喫茶店くらいはやっていたりするものだが、ここではそれも見かけなかった。 かつては、沼田・会津街道として、沼田と会津を結ぶ街道筋だった。それに、周辺は山深い地域で、平地が少ない。その中で、片品川などによって削られてできた河岸段丘の土地がここだった。そして、その段丘が発達した地形の中に、吹割の滝のような珍しい景勝地も生まれ、人々を引き寄せた。こうやって、自然とこの地に街が形成されていった。大正から昭和にかけては、林業や製材業の拠点としてさらに栄えた。 バイパス開通によって車と人の流れが大きく変わる それが、昭和の高度成長期に急速に車社会が到来し、大型トラックや観光バスが日常的に行き交うようになると、狭い通りでは増え続ける交通をさばくことが難しくなっていった。やがて、現在の国道120号が整備された。このバイパス沿いには、吹割の滝の玄関口として、駐車場や土産物屋がたくさんできて、大いに活気づいた。一方で、旧街道には人通りがほとんどなくなってしまった。 位置関係をもう一度整理してみる。通常のバイパスなら、市街地を避けるようにその外側を通す。しかし、利根村の場合は少し違う。旧市街地と、最大の目的地である吹割の滝との間に、新しいバイパスを通した。例えば、駅を中心に発達した街で、旧市街地を通らずに駅の目の前にバイパスを通すようなもので、通常とは真逆の構造だ。吹割の滝を目指す観光客にとっては確かに便利ではあるが、旧市街地を通る必要はなくなった。ただ、利根村の場合は、こうするしかなかったのだろう。河岸段丘の限られた平地に街があり、その外側には山と深い谷が迫っている。ほかにバイパスを通せるような場所がなかったのだ。 旧市街地と国道沿いのドライブインとの対比 あらためて見ると、国道沿いの賑わいと、そこから一本入った通りのひと気のなさとの落差が激しい。しかし、住民にとっては、これくらい静かなほうがいいのかもしれない。オーバーツーリズムが問題となっている観光地も少なくない。それに、開発ラッシュとは無縁だったおかげか、古い建物も多く残っている。豪勢な大屋根造りの古民家もあり、この地の往時の隆盛を思わせる。長い目で見れば、いずれこれらの建物が新しい形で活用され、かつての記憶とともに未来へ受け継がれる時代も来ることだろう。 さて、旧市街地から人通りを勝ち取った形となった国道沿いだが、こちらも決して安泰なわけではない。その多くが、昭和時代のスタイルの「ドライブイン」のままだ。時代に合わせて変えていく必要があるが、長年やってきたやり方を変えるのは簡単ではない。施設を新しくしようとすればお金がかかる。扱う商品や食事のメニューを変えるにも、それに対応できる人材が必要になる。高齢になれば、そういったことにエネルギーをかけるのもしんどくなる。必要な資金の融資を受けるのも容易ではない。 それに、よく見ると敷地がかなり細切れになっている。居並ぶドライブインは、それぞれ土地の所有者や経営主体も異なるのだろう。駐車場が無料のところもあれば、1日500円を徴収するところもあり、バラバラだ。何か新しいことをやろうとすると、ここがネックになり得る。例えば、大規模な土地と施設で集客する「道の駅」のような仕掛けは作りにくい。 どこにでもある高齢化と土地をめぐる問題 滝に近接した「一等地」には、昔ながらの土産物屋もある。店先をのぞいてみると、おもちゃのミニカーやほうきなどを売っている。懐かしさはあるが、現代の消費者がここでそれを買うのかどうか。競争原理で考えれば、もっと今のニーズに合った店に入れ替わっていくのだろうが、ずっと昔からここで商売をしてきた人たちだとすれば、そう簡単な話でもない。 すなわち、高齢化と土地の所有権の問題だ。そう考えると、これは利根村だけの問題ではない。全国各地で見かける身近な話でもある。ただし、吹割の滝にはもう一つ事情がある。冬季には遊歩道が全面通行止めとなる。ここで商売をする人たちは、春から秋までの8ヶ月ほどで一年分の収入を得なければならない。そのため、新たに投資をしてここで商売を始めようとする人にとっては、そこも大きなハードルとなる。 有名観光地といかに共存するのか そうすると、吹割の滝だけに依存しない魅力が必要なのかもしれない。確かに吹割の滝はすごい。冬季閉鎖を除く期間だけで年間60万人近くが訪れている。単純に通年換算すれば100万人近い。伊香保温泉の年間宿泊者数にも匹敵するほどの規模だ。それだけ圧倒的な集客力があるからこそ、そこに頼ってしまい、ほかの魅力が育ちにくい。これも、よくある話ではないだろうか。 これは贅沢な悩みでもある。世の中には、吹割の滝のように多くの人々を魅了する存在がない場所、むしろ「何もない」ところのほうが圧倒的に多い。しかし、そういうところにも、人々の暮らしがある。もし、ここに吹割の滝がなかったとしても、河岸段丘に広がる田園地帯があり、林業で栄えた頃の面影を残す街並みもある。プールは閉鎖され、中学校もやがて廃校になる。そうした流れの中でも、何かやりようがあるのかもしれない。 利根村が生んだ幕末の女性剣士“中澤琴” ふと、先ほど見た剣道場のことが気になった。調べてみると、こちらは今のところ閉鎖の予定もない。剣道場の近くには、「剣豪 法神流 星野房吉の墓」の碑があった。この地に立派な剣道場が建てられた背景のひとつなのだろうか。利根村には、その法神流を受け継いだ幕末の女性剣士もいた。「中澤琴」だ。中澤は、幕末の頃、のちに新選組を結成する近藤勇や土方歳三らが参加した「浪士組」とともに京都へ向かい、その後は「新徴組」として江戸の治安維持などにあたったと伝えられている。身長は170センチほどあり、男装して活動していたという。浪士組や新徴組の名簿には名前がなく、その足跡には伝承によるところもあるが、それも含めて実に興味をそそられる人物だ。ビジュアルで想像すると、そのままアニメの主人公にでもなりそうなキャラクターである。 便利すぎるもの、不便すぎるもの 中澤琴の生まれ育った場所は、穴原という山間の小さな集落にある。そこへ向かうには、車もすれ違えないような狭い道を通る。私は途中で車を降りて、歩いて吊り橋まで行った。鉄塔は錆び付いていて、渡るのに少し心細さがあった。手すりは膝くらいの高さしかない。その足元には急峻な渓谷が広がり、はるか下の方に片品川の清流が見えた。スリルを味わうにはおすすめの橋だ。中澤琴の生誕地までは、そこから歩くには遠すぎたので、そこで断念した。この先に本当に人が住む集落があるのか、想像もつかないような秘境だった。名残惜しさはあった。駐車場から歩いてすぐの吹割の滝を思い出す。便利さだけが絶対条件ではないと思う。しかしそれでも、安全に目的地へたどり着ける保証はほしいところだ。

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    吹割の滝を見学する人々

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    水流が吸い込まれるように落ちていく吹割の滝

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    吹割渓谷遊歩道

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    川のすぐ脇を歩ける遊歩道

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    浮島橋から見渡した吹割渓谷

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    吹割渓谷のハイキングコース

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    ハイキングコースにある「詩のこみち」の石碑

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    利根中学校の校舎とグラウンド

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    片品川遊歩道は静かだった

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    片品川の吹割の滝より下流の広い川幅

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    大場集落の田園風景

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    閉鎖された利根温水プール

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    プールの隣の吹割温泉センター「龍宮の湯」も閉鎖

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    旧利根村の中心街の残る商店街

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    旧市街の古い街並み

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    古民家が並ぶ

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    大屋根の立派な造りの古民家

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    国道120号沿いにはドライブインが並ぶ

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    滝に隣接した懐かしい風情の土産物店

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    利根柔剣道場の建物と隣の大国神社の参道

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    島古井の渓谷にかかる吊り橋

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